僕のBBQライフは南米から始まった

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南米パラグアイの釣り(ドラド)と焼肉(アサード)の記憶

もう35年も前のことになりますが、僕は青年海外協力隊員として南米のパラグアイという国にいました。パラグアイは南米大陸のど真ん中に位置し、周囲をブラジル、アルゼンチン、そしてボリビアに囲まれた小さな国です。なぜパラグアイに行こうとしたのか?その大きな理由はパラグアイが、当時僕が夢中で読んでいた開高健の海外釣行記「オーパ」や「もっと広く」で一躍有名になった黄金の魚、ドラド釣りの本場中の本場だったからです。

黄金の魚「ドラド」の豪快なアサド(南米風BBQ)。癖がなく味も上質な魚だ。

ドラドという魚は果敢に飛び跳ね動き回る釣り味に加えて、一見サケ科の魚にも似た黄金に輝く優美な魚体が最大の魅力です。開高健が「オーパ」や「もっと広く」で南北アメリカ大陸の三大釣魚の一つとして称賛したことで、ドラドの名は一気にポピュラーになりました。パラグアイに住んだ5年近くの間で、僕も数多くのドラドを釣り上げることができました。南米に行く目的の一つでもあった、憧れの開高健の釣りの世界の一端を体感する夢が叶えられたのです。

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ところで、開高健の「もっと広く」には、僕にとってドラドと同じくらい気になる頁がありました。それは北米アラスカをスタートした開高健が旅の最後の地、アルゼンチンで食したアサド(南米風BBQ)に関する部分です。「日本人は牛とその肉を知ってから例によって天賦の応用の才を発揮して”霜降り”の美肉を作り出した。(中略)しかし、常食として牛肉を食べるなら、脂肪が少なくて腹にもたれず、おつゆたっぷりなのに歯ごたえもあり、淡白であって消化の早い、といった条件になってくる。それがアルゼンチンのアサドだ。」

当時の僕は霜降りどころか普通の牛肉すらめったに食べることがありませんでしたが、今読み返すと開高健のこの文章は最近の赤身肉ブームにも通じる肉食いの本質を突いた記述だと思います。別の頁には丸焼きの子羊、ガロン缶のワイン、そして巨大な骨付き牛あばら肉のアサドを喰らう開高健の写真があり、次の文章が添えられています。「生後4週間から6週間の食肉用子羊を、シャツを脱がして、頭を取って、ハラワタを抜いて、岩塩と胡椒をまぶして丸焼きにする。サブローソ!(おいしい)。」「そこへメンドーサ産のビーノ(ぶどう酒)を飲む。底なしだぞ。」「肉は骨に近いほどうまいというアルゼンチンのビーフ食いの諺をかみしめる。」

いやはや、今読み返してもとても魅力的な、まさに開高健ワールドが全開です。僕は当時このアサドの頁を何度も何度も読み返したものです。腹いっぱい肉を食ってワインをがぶ飲みするという、ストレートに夢のような生活。釣り天国であり、牛肉とワインは食べ放題かつ飲み放題、さらに加えれば美人の宝庫でもある。これだけ揃えば、一度は南米に行こうと僕ならずとも考えるのではないでしょうか。

南米人が大好きな骨付きあばら肉、コスティージャ。肉は骨に近いほど美味い(アルゼンチンの諺)。

 肉食大国世界一を競う南米の焼肉パーティ「アサード」

さて、南米は牛肉消費量が桁違いに多いことで有名です。一人当たりの牛肉消費量世界ランキングではウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの南米諸国が常に上位に連なっています。中でもウルグアイとアルゼンチンでは年間一人当たり50‐60キロ以上の牛肉を食べるといわれ、常にトップ争いを演じています。ブラジルとパラグアイも統計の数字はやや低いようですが、実際の肉消費量は似たようなものだと思います。

僕が南米にいたのは30年以上も昔ですが、当時のパラグアイは経済的にも技術的にもブラジルやアルゼンチンとの間に差があり、牛肉の質もかなり劣るとされていました。実際、その頃普段食べていたパラグアイの牛肉は肉質が固い、白毛のセブ牛の系統が主で、アルゼンチンで食べるヨーロッパ系統の肉牛と比べると肉質には雲泥の差がありました(因みに数年前パラグアイを再訪した時には、品種改良もあるのか牛肉の肉質は大幅に改善されていました)。

ほぼ365日牛肉を中心とした肉料理を食している南米人ですが、南米式BBQであるアサドは誕生日や何かの記念日、あるいはクリスマス等々、あらゆるお祝い事に欠かせない特別な料理で、毎日のように住宅街のどこかで肉が焼かれていたました。アサドとなれば一度に5‐10㎏の肉塊が焼かれるのは普通で、大体一人当たり500gの肉が準備され(これに加えて結構な量のチョリソーという生肉ソーセージが前菜的に食される)、それを肉の約2倍の量の炭で時間をかけてじっくり焼くというのがお決まりでした。

職場であれ、ご近所であれ、家庭であれ、アサドを作る際には調理人(必ず男)が決まっており、彼らはアサデーロと呼ばれていました。もちろん彼らはプロではありませんが、肉を焼くのが得意なので、アサドの際にはあちこちから声がかかるのです。彼らの特権は只でアサドを食べてお酒が飲めることですが、尊敬とまではいかなくともアサドの際には周囲からレスペクトされることは間違いありません。アサドの華は牛の骨付きあばら肉で、これはコスティージャと呼ばれ、老若男女問わず一番人気でした。「肉は骨に近いほど美味い」と称されるのはこの部位の肉のことです。

内臓から血のソーセージまで、まさに肉の饗宴「パリージャ」

アルゼンチンやパラグアイでポピュラーなパリージャ。内臓を含めた様々な部位や種類の肉、生ソーセージ、血入りソーセージ等が山盛り。写真は因みにハーフサイズ。小腸(右上)は僕の一番の好み


ブエノスアイレスのパリージャレストラン。店先で十字の鉄棒につるされた肉が丸ごと焼かれる。

一般家庭や職場の宴会ではソーセージと骨付き肉コスティージャが主体のアサドが焼かれ、上述のように調理の上手い、素人のアサデーロが取り仕切って調理します。これがレストランとなると中身が少し豪華になり、牛だけでなく豚や羊、内臓やソーセージなども加わり、それらを山盛りにして炭火のコンロの上に乗せて提供されます。これがパリージャと呼ばれるスタイルで、パリージャを出す店をパリジャーダといいます。その量はとても一人で食べきれる量ではありませんが(通常2ー3人前)、いろんな種類の肉を楽しめるところが魅力です。僕の好みはカリカリに焼いた小腸でチンチュリンと呼ばれていました。これは部位的に言えば日本のホルモンです。とにかく味が濃厚で、カロリーは計り知れないと思います。

やはり内蔵が絡むと素人では調理が難しいのか、パリージャは一般的には家庭料理ではなく、お店で食べるものだと思います。またお店でも、安い店に行くと内臓の下処理が悪くて味が劣ることが多かったようです。パリージャはアルゼンチンやパラグアイ、そして僕は行ったことはありませんがウルグアイでもポピュラーだと聞いています。

ブラジル式焼肉の華「シュラスコ」

ブラジル式焼肉、シェラスコ。剣に刺して焼き、ナイフで肉をそぎながら供される独特のスタイル。

アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイは似たような焼肉文化ですが、少し違うのがブラジルです。ブラジル式で有名なのは日本でも最近お店が増えてポピュラーになってきたシュラスコです。シュラスコは剣に刺して焼かれた様々な部位と種類の肉を給仕人がテーブルを回ってナイフでそぎ落としてサービスするスタイルです。肉は1回に大体一切れか二切れ給仕されますが、肉の種類が圧倒的に多く、全ての種類を1回の訪問で食べるのはまず無理です。

シュラスコを供する店がシュラスケリアですが、シュラスケリアの料理は肉だけでなくサラダからパスタ等々多種多様、しかも全てがビュッフェスタイルなので、余計なものを食べると肉が食べられなくなります。しかし、肉だけ食べていると何か味気ない気がし、また色とりどりの料理にも目が行くのでとても悩ましくなります。日本にもシュラスケリアを称する店が増えていますが、肉を炭で焼いていない場合がほとんどで、これが先ず物足りません。加えて肉および肉以外のビュッフェの種類が少なく、とても本場の圧倒的な量や味、そしてそれらが醸し出す独特の雰囲気を伝えておらず、少々残念です。

ステーキはやはりブエノスアイレス、メンドーサのワインと一緒に

ブエノスアイレスの有名ステーキ店のビッフェデチョリソー(リブステーキ)700g。

さて、肉といえばやはりステーキも外せません。南米でステーキと言えばやはりアルゼンチンです。初めて首都のブエノスアイレスに旅した時は、現地事情もよくわからないので、とりあえず人に教えてもらった有名ステーキ店に行きました。ビッフェデロモと呼ばれる厚さが10cm位あるヒレステーキを食べ、アルゼンチンワインの大産地であるメンドーサの赤ワインを1本飲み干して堪能した時の感動は忘れられません。この時、飲み過ぎて帰りのタクシーであり金全てをだまし取られたことも今は良い思い出でとなっています(当時デノミの後で新旧貨幣を使うだましテクニックにすっかりはまってしまった)。

数年前久し振りにブエノスを訪れましたが、前述のパリージャを出す店と主にステーキを出すステーキハウスのような店が明確に分かれていることを改めて知りました。多種多様な肉を味わうパリージャと上質な牛肉の味わいを楽しむステーキは確かに違いがあると思いますが、その両方を楽しむアルゼンチン人はやはり世界一の肉食人と呼んで間違いないと思います。

僕のBBQライフに塊肉は欠かせない。そして時間をかけてじっくり調理する時間が何よりもいい。

さて、今回はブログ初回として、僕のBBQ人生の原点である南米の焼肉文化について書いてみました。開高健の本で知り、実際に現地で経験した、「肉をたらふく食ってワインをがぶ飲みする」という憧れの南米焼肉文化に僕はすっかり憑りつかれたのです。一人前のアサデーロになれるように今も修行中ですが、そんな僕が日々楽しんでいるBBQライフを少しづつ書き綴ってご紹介していきたいと思います。よろしくお願いします。