思い出の中南米料理「タマレス」
ずいぶん昔になりますが、メキシコで数週間ホームステイを体験したことがあります。メキシコと言えば独特な食文化が有名ですが、そんなメキシコの家庭料理を毎日味わえたのは貴重な体験でした。特にメキシコが原産地のトウモロコシを使った料理は、日本にはない独特な風味が魅力で、今でも僕の料理のレパートリーに欠かせないものになっています。
ところでメキシコを代表する料理といえば先ずタコスが浮かぶのではないかと思います。タコスはトウモロコシ粉で作る「トルティージャ」で野菜や肉を包んで食べる料理で、メキシコ料理といえば世界中どこでも定番の一品です。このトルティーヤはトウモロコシ粉を使ったフラットブレッドの一種で、メキシコでは「パン」のような主食であり、日本の「ご飯」と同じ存在になります。
さて、同じトウモロコシ粉を使ったポピュラーなメキシコ料理に「タマレス」があります。タマレスは日本ではあまりポピュラーではありませんが、トウモロコシ粉の生地を焼かずに蒸す料理で、その際に生地をトウモロコシの皮で包むのが特徴です。その見た目からメキシコ風「ちまき」と呼ぶ人もいます。
メキシコでホームステイしていた頃、夜になると何処からともなく「タマレース、タマレース」という声が聞こえてきました。住宅街でタマレスを売り歩いているのです。ホームステイ先のご主人に一度ご馳走してもらってから、僕はすかっりタマレスが好きになりました。そのタマレスにはドゥルセ(甘い)、ピカンテ(辛い)、ケソ(チーズ)の3種類の味がありましたが、僕は青唐辛子が刻まれスパイシーなピカンテが特に好みでした。
今はどうか知りませんが、当時のメキシコは昼食が正餐で、しかも長いシエスタ(昼寝)があり、人々は夕方から再び仕事に出かけるので帰りが遅く、夜の食事は軽く済ませるというのが食のスタイルでした。このスタイルに慣れていない僕は夜になると小腹が空き、そんな時にタマレスは最高の夜食でした。
アルゼンチン風「タマレス」はアルカリ処理なし
トウモロコシが広く食されている中南米では、各地に独自のタマレス(あるいはスペイン語の単数形で呼ぶ「タマル」)があります。その共通項はトウモロコシ粉をトウモロコシの皮やバナナの葉で包んで蒸すことですが、トウモロコシ粉の処理などに微妙な違いもあるようです。
メキシコでタマレスに使うトウモロコシ粉はトルティーヤと同じ「マサ」と呼ばれるアルカリ処理(ニシュタマリゼーション)したものです。マサについては以前の記事「悪戦苦闘、飼料用デントコーンの実から作ったトルティーヤ」に詳しく書きました。トウモロコシはグルテンを含まないので、そのままでは粘りがなくて使い難く、それを改良した古代メキシコ人の知恵がニシュタマリゼーションです。
一方、僕の知るアルゼンチンのタマレスレシピではアルカリ処理していないシンプルなトウモロコシ粉をそのまま使っています。恐らくラードをたくさん練りこんだり、カボチャなんかを副資材に使うことで、生地を柔らかくしているのかもしれません。
具の定番は挽肉・タマネギ・パプリカ等
今回はアルゼンチン風のタマレスを初めて作ってみました。材料さえ揃えれば特に難しい工程はありません。最初はタマレスの中に入れる具を作ります。アルゼンチン風の具材は挽肉、タマネギ、ピーマン、パプリカ等が定番です。味付けは塩・コショウの他にクミンとレッドペッパーがベースになります。クミン(スペイン語でコミノ)は意外と多くの中南米料理で使われるスパイスで、これを使うとグッと中南米料理感が出てきます。レッドペッパーやカイエヌペッパーは辛さを強めます。あれこれ混ぜるのが面倒な人は市販のタコス用のスパイスミックスをそのまま使うといいと思います。クミン他必要なものがオールインワンで入っており、もちろん中南米感は十分にあります。刻んだ材料を炒めて味付けすれば具材の準備は完了します。肉・野菜の他にはゆで卵も具材にお薦めで、今回も別に準備して使いました。
生地にラードとカボチャを練りこむ
次は生地を作ります。トウモロコシ粉は北海道産のトウモロコシの実を挽いたものです。粗く挽いたコーングリッツに近いものと細かく挽いたコーンフラワーに近いものを2種類ミックスしました。トウモロコシはスイートコーンではなく一般にデントコーンと呼ばれる種類のものです。
アルゼンチンでは北部のサルタという地方のタマレスが特に有名で、それは生地にカボチャを練りこむのが特徴のようです。アルゼンチンには何度か行きましたが、サルタには行ったことがありません。今回はネットのレシピやYouTube動画などを参考に作ってみます。トウモロコシ粉500gに蒸したカボチャを250gくらい足して混ぜました。カボチャはもう少し多くてもいいかもしれません。そこにラード(150-200g)を加えます。ラードは正確に計っていませんが、躊躇せずに多めに入れた方がいいです。今回はちょっと少なかったかもしれません。ここから練りこみますが、途中でスープストック(コンソメやチキンスープでよい)を足して固さを調整します。
生地に具材を包んで丸め、コーンハスクで包む
生地がよく混ざり、適度な固さ(耳たぶ位が目安)になったら適当な量を掌の上で伸ばして広げ、具材を乗せておにぎりの要領で丸めます。
次に丸めた生地をコーンハスクで包みます。コーンハスクというのは馴染みがないと思いますが、トウモロコシの実(雌穂)を包んでいる包葉という皮の部分を干して乾かしたものです。このコーンハスクで包んで蒸すと一気にトウモロコシの風味が強くなります。こればかりは日本で手に入らないと思っていたのですが、最近はアマゾンで簡単に手に入ります。なければラップに包むなどしても、もちろんOKです。
コーンハスクは水に漬けて柔らかく戻し手から使います。生地を包んだらタコ糸とかで全体を結びますが、写真のようにコーンハスクを切って紐の代わりにすると風情があります。
20分蒸したら出来上がり
生地を包んだら、最後に蒸し器に入れて20分くらい蒸します。これで完成です。
アルゼンチン風のタマレスは初めて作りました。カボチャの甘さがアクセントになって食べやすい味に仕上がっています。トウモロコシの風味は慣れないと癖が強く感じますが、慣れるとそこが良くなってきます。トウモロコシ粉はコーングリッツと呼ばれる粗挽きからコーンフラワーと呼ばれる細かいものまで結構いろいろな種類が売られていますが、他の穀物同様に丸ごと全粒粉にしたものは風味が強く、胚などを取り除くとマイルドになります。また文中で触れたアルカリ処理(ニシュタマリゼーション)したメキシコ産のトルティージャ用の粉も今は簡単に手に入ります。いろいろ組み合わせて作ると仕上がりも違って面白いですし、もし実が手に入れば自分で実を直接挽くと、より新鮮な香りと風味を楽しむことができます。
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